迫真の演技

解説まとめ『ザ・マスターキー』第17章

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17章です。

私がいうのも何ですが、この章は結構ためになりますので、 何回も繰り返し読んだ方が良いです。

前フリには「富、権力、ファッション、習慣といったものは、 すべてでっち上げの偶像(シンボル)」 なんて書いてあり、私もその意見に賛成です。

では何故、それらがあたかも重要性を持った真実のように思えてしまうかというと、 それらが大事であると子供の頃から教えられてきたし、そういう体験をしてきたから。

要はお金も権力もファッションも習慣も、 所謂「コンセンサス・リアリティ」というやつで、 自分の属するコミュニティを構成する人間の殆どが「それは大事」と信じて同意しているから 真実のようになっているだけで、

そのコミュニティの外側から見たり、コミュニティに属しながらも意識を集中して見たりすれば、 そんなもの真実でも何でもない相対的なものだということが分かります。 (会社なんてまさにそうだし、一番分かりやすい例は宗教とそれに関する風習。 日本で死体を野焼きして川に流したらどうなる)

そんな相対的なものを必死に追いかけて手に入れても、 手に入れた途端灰になるということが28に書いてあり、 求めるべきはそんな象徴ではなく、その根源にあるパワーだということです。

迫真の演技

そんな感じで本編ですが、 3には「人間は五感のレンズを通してこの世界を見るのが習慣となっているが、 集中によって生まれる”直感”を通してこの世界を見よう」と書いてあり、 「集中とはその対象と一体化すること」と21に書いてあり、 5にはなんと「集中が迫真の演技を生む」などと書いてあるではありませんか。

この本を最初に読んだのは2011年9月のことで、当時よほど嬉しかったらしく、 「迫真の演技」の箇所が赤鉛筆で囲ってありました。

あと迫真といえば、DRVSは某レンジャーズの投手に全然似ていないのですが、 何であんな名前が付いたのでしょうか。投手に似ているといえば1章のT…

ともかく、私が言いたいのは、2章は迫真の演技かそれとも棒読みかとかそんなことではなく、 ああいう下らない動画を見ている時、多分皆さん大笑いすると思うのですが、 馬鹿笑いしている最中に「一体俺は、何でこんなので笑っているんだろう」と、 ふと思うことがあるだろということ。

それこそが悟り系の本でゴチャゴチャ難しく書かれている「気付き」の第一歩で、 単に笑っている時だけでなく、淫夢に動画やサイトやツイッターを荒らされて怒っている時、 将来を不安に思っている時などに

「一体オレは、何でこんなことで怒っているんだろう」 「オレは一体、何でこんなことで不安になっているんだろう」と気付くことが、 怒りや不安といった感情と自分とを同一視して、自分が思考や感情に支配されていることに 気付いた第一歩なのです。

場数を踏む

というわけで話の内容を軌道修正できましたが、その第一歩からさらに踏み込めば、 さらに深淵に進むことができるのであります。

「踏み込む」や「深淵に進む」という表現はあくまで言葉上のもので、 その辺の感覚的なものは各自に任せるとして、ここで言いたいのは、さらに踏み込むために「場数を踏む」 ということ。

26にも「障害を克服するたび、勝利するたび、 自分のパワー(宇宙意識によるパワー)をもっと信じるようになる」とあり、 やっぱり疑いを確信に変えるためには、何度も繰り返し試行錯誤して、自分で体験し実感するのが 一番の近道だと思うわけです。

これが当サイトの主題ですし、頭でいくら分かったつもりになっても それが確信に変わらなければ意味が無い、どんな素晴らしい本を読んでも無駄だと思うので、 この本に限らず何か気になるものがあれば試してみれば良い、

そもそも、今まで糞みたいな思考パターンや糞みたいな反応を繰り返してきた結果、 糞みたいな人生になったので、 その逆も充分可能だろうというのが、私の持論です。

<追記>
「対象と一致する」と「思考や感情との同一化から抜け出す」は一見矛盾しているようにみえますが、 今まで自分だと思っていたものが自分ではない、自分ではないと思っていたものが自分だ、 世界を反転させるのが悟りの一歩だと私は思いますし、多分そうでしょう。

18章に続く>>

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