お金とスピリチュアル

解説まとめ『ザ・マスターキー』第16章

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16章です。段々面倒になってきましたが 3分の2まできたので、お茶を濁しつつも何とか完走します。

サブタイトルは「スピリチュアルパワーを発揮する」ですが、 私は一時期この「スピリチュアル」という言葉が大嫌いでした。

何かスイーツとかパワースポットとかと同様、 知性の欠片もない方々が使用しているような響きがあるから (要するに馬鹿っぽく聞こえるから)という理由のためでしたが、 現在はそんなに抵抗はありません。

そんな下らない戯言はともかく、以下本編。

金の向こう側

まず16章で言及されているのは、お金について。

「金は原因でなく結果、主人ではなく召使、目的でなく手段」 「単に金を求めるのでなく、金は手段として求められるべき」 「富を創造する為には、単に金を貯めるよりももっと高い理想を抱く」 などと、1〜5には書いてあります。

簡単に言うと「1000万円欲しい!」と思うよりも、 「(1000万円手に入れて)○○するぞ!」と、 手にした金で得る行為や感情について考えろということなのですが、 別にこんなことしなくても、1000万円程度なら数年で貯まるもんは貯まります。

これは以前「これが引き寄せの真実だ!」に書いた通りで、真に大事なのは、 「1000万円欲しい」とか「○○するぞ」ではなく、 「あ〜1000万円ね。数年で貯まるじゃん」という固定観念。

この固定観念こそが引き寄せの真実で、最初の1年位は苦心しますが、 固定観念さえ書き換えれば、結構簡単にいくものです。

ただ最近思うのは、こういう固定観念で貯まる金は数千万円〜1億円レベルで、 さらに上にイクには、人に喜びを与えたいとか、悩んでいる人を明るくしたいとか、 利他的な精神が必要なのではないかと思うわけで、最近やっとその精神が芽生え始めた私です。

※別に変な本を読んで「よ〜し、他人に喜びを与えるぞ」などと無理矢理思うようになった訳でなく、 最近ふと「あ、少しは他人の喜びのために生きた方が良いかな」という思考が浮かんでくるようになった だけです。なので無理矢理思い込むより、そういう時期が来るまで適当に生きてた方が良いです。

利他的な理想を「高い理想」と定義するならば、 本書に書かれている通りではないでしょうか。

よって、数千万円〜1億レベルなら「金なんて簡単に貯まるぜ」「呼吸する度に豊かになるぜ」という 固定観念を植え付け、それより上にイキたいなら、利他的な精神を育てれば良いと思います。

ただ在る

次に24ですが、「宇宙に善悪はなく、ただ在るだけ」ということが書かれています。

これは例えば、化学反応に善悪が無いのと同じで、石灰に塩酸をかけたら二酸化炭素が発生する、 赤いリトマス紙にアルカリ性の溶液を垂らしたら青色になるようなもので、宇宙の全て、 人間および人間の思考を含めた宇宙の全てに善悪は無く、 善悪を判断しているのは人間の思考、ということです。

これは悟り系の常套句で、私が以前読んでいた『マネーゲームから脱出する』とかいう本にも 「あれは良くてこれは悪いと判断するのをやめよう」なんて書かれていましたし、 私も3年位前の一時期、 「判断を止めれば苦しみが無くなるんだ!!!よおし、善悪の判断するのを辞めるゾォ!!」 などと考え、何としても判断を止めようとしていました。

その結果、判断しなくなって苦しみが無くなったかというと、 ちっとも上手くいきませんでした。

思えば当時の私は、「善悪を判断することが悪!」と”判断”し、 必死に排除しようとしていました。 これ自体が既に破綻したことなのですが、そもそも生きている限り、エゴがある限り、 判断することは仕方ないこと、エゴや判断は生きてる証拠ということなのです。

たまにコルベ神父みたいにエゴを超越した人がいらっしゃるけど、 そういう方は珍しいから聖人になるのであって、私たちにできることは、 そういった聖人の話を読んで感動することくらいではないでしょうか。

長くなってきたのでこの辺で切り上げますが、 ともかく「エゴや判断が顕れるのは、生きてる証拠」 「そういうのが顕れたらあれこれせず、ただ気付いて観察する」 (例:身体が痛い時「ああ、痛みが出ていてそれから逃れようとしているな」みたいな)

ということで、何ヶ月か繰り返していると、「ただ在る」というのがどういうことか、 結局思考に振り回されていただけで、自分自身は在るだけじゃないかなんて、 おぼろげながら実感できるようになります。

たとえ身体が痛い時や怒りや憎しみや後悔で頭がいっぱいの時もそうなるので、 興味ある人はやってみてください。

17章に続く>>

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